ジャム屋をやろう!!という風に思ったのは、実は結構最近の事です。
 (それまでは漠然と『自分の店が持ちたい』と思っていただけでした。)

 それは、クリスティーヌ・フェルベールとの出会いがあったからです。

 今から5年ほど前の事ですが、私は彼女の事は全く知りませんでした。たまに専門誌に取り上げられていましたが、まだそれほど有名ではありませんでした。(私はその事↑も知らなかったのですけれど。)

 マッカリーナをやめ、転々と職場を変え、進むべき道に悩んでいた時に、一本の電話が鳴りました。専門学校時代の友人からで、私からの手紙を読み、フランスからわざわざ電話してきてくれたのです。
 彼女はこう言いました。『ワーホリとってフランスに来ちゃえば?』とてもあっさりと。そして、『アルザスの小さな村で、女性のシェフがお菓子屋さんをやっているよ。田舎で働きたいんでしょ?ビザさえ持っていればどこの国の人でも雇ってくれるって。』とも言いました。(↑クリスティーヌの事です)

 この電話がきっかけで、私はワーホリに挑戦する事になったんですねぇ。
 その年のワーホリは間に合わず、次の年は通らず(意外に狭き門なのです)3年目でようやくワーキングホリデービザが手に入りました。
 その間、フェルベールに何度か手紙を書き、フランスに3ヶ月間語学留学している間に、訪ねていって交渉したり、また手紙を書き、『ビザを持っているなら、働いても良いわよ』という手紙をようやくもらえた時には、本当に嬉しかった。(この頃の私はとても行動的でしたね)

 しかもその年にビザが手に入ったので、なんとか働ける事になったのです。

 その後も、いろいろとありましたが、素敵な人達とたくさん出会い、なによりクリスティーヌのもとで毎日フルーツと格闘し、ジャムを作り、生活できた事は私の一番の宝物です。(ちょうどウルルン滞在記の収録もありました!)

 クリスティーヌからは本当にたくさんの事を学びました。(技術的な事だけではなく、経営者、職人、としての考え方などの精神面についても)

 ありがとうございます。


真ん中ー散歩途中、いつも休憩していたベンチ。

 左右ー散歩道から見たニーデルモルシュウ゛ィル
(人口300人ほどの小さな村です)

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 1年間働いているうちに、『自分の店』に対するイメージが徐々に固まっていきました。 お菓子>ジャム だったのが お菓子<ジャム という風に変化していったんですねぇ。もともとはお菓子屋さんを開きたいと思っていたのですが、ジャムの方が自分に合っているなと。

 帰国してからは、流れに乗ったというか、あれよあれよと言う間に、ここまで来ました。あとはもういけるところまで,いくしかないというか。
 結局のところ、ジャム屋をやろうと思ったのはちょうど1年前の事なんですね。

 私の願いは、コンフィチュールをもっと身近に、そしてフルーツの”旬”を感じて欲しい(本来は保存食ですが)という事でしょうか。

 一人で作っているので、どうしても数に限りがありますが、一人だからできる事もいっぱいありますからね。 頑張りますよぉ。     



 私がジャム屋をやろう!と思った訳、伝わったでしょうか?

 自分でも何を書いているのか、わからなくなった部分もありますが、うまく伝わると嬉しいです。
 (真狩村を選んだ理由については、こちらを見てくださいね。)

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 この文章はHPを開設した2006年5月に書いたものです。